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幹災害拠点病院として空とオンラインを通じ地域間の医療格差をなくす‐土橋和文・札幌医科大学附属病院病院長に聞く◆Vol.2 

m3com 北海道版 土橋和文先生インタビューを執筆しました  Vol.2

札幌医科大学附属病院の病院長である土橋和文氏は、同医科大学の病院経営管理学の教授も担っている。病院長就任は2018年、同年9月には胆振東部地震によるブラックアウト、2020年から続く新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染拡大という二つの未曽有の状況を乗り越えてきた。一日の3割~4割を臨床の時間に費やす土橋氏に、同病院の地域診療への取り組み、東京2020オリンピックへの貢献などについて聞いた。(2021年11月5日インタビュー、計2回連載の2回目)

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札幌医科大学附属病院病院長・土橋和文氏
札幌医科大学附属病院病院長・土橋和文氏

――札幌医科大学附属病院は道内に医師派遣をしていますが、どの範囲まで対応していますか。

 北海道全域が対象です。昨年は常勤医472人を派遣しました。高度先進医療機器を導入していますので、技能のインストラクターとして全国に向かうスタッフはいますが、原則として道内を優先してほしいと伝えています。私も列車とバスを利用して8時間かけ道内出張をしたことがあります。コロナ禍だからといって地域診療を制限することはしませんでした。今も変わらずにスタッフを派遣しています。患者さんのためにも対面診療を続けることは大事だと思っていますので、スタッフにはむしろ続けてほしいとお願いしました。患者の機能を低下させたくないので、地域への医師派遣は必要なことだと思っています。

 

――オンライン診療も行っていますね。

 

 当院は、COVID-19流行以前から電話診療も行っていますし、難病の疾患など専門家がいないゾーンに関しては、2020年4月ぐらいから、専用のラインで会議システムを組みカンファランスをしています。必要に応じてオンラインで研修医に遠隔指導も行っています。ここへきてCOVID-19患者への診療をはじめ、オンライン診療は、非常にメリットがあることがわかりました。

 北海道は広いので、地域をまたぐ時間を短縮できるのは、とてもありがたいです。今までは医師やノウハウをもったスタッフを地域へ派遣し、現地で診療にあたっていましたが、そこには時間の限界がありました。その点オンライン診療なら移動する時間が必要ありません。コロナ分断が叫ばれるなか、患者さんや医師も附属病院とのつながりを感じることができます。

 

――オンライン診療に何か課題を感じますか。

 

 目的をはき違えてはいけないということです。オンラインカンファランスや、オンライン診療をすることが目的では良い結果は生まれません。患者の容体や時間の問題で、本当に必要な場合にオンラインで診療するからこそ有意気なディスカッションや情報交換が生まれます。例えば、手術支援ロボット「ダビンチ」の遠隔操作についても、「遠隔で実施する」ことが目的では瓦解します。優秀なコンダクターに指導を受けたいからオンラインでつなぐといった理由がないといけない。DX推進の期待と限界をCOVID-19があぶり出してしまいましたが、COVID-19によって進んだといえるとも思います。

 

北海道庁地域医療推進局 Medical_Wingより
北海道庁地域医療推進局 Medical_Wingより

――附属病院は、広域災害医療にも特化していますが、航空医療搬送について教えてください。

 

 南1西15地域は病院銀座といわれ、500床から600床の病院が4つ並んでいます。当院は29の診療科に932床あります。災害時は互いに手を取りながら患者を受け入れています。航空医療に関しては、道や北海道航空医療ネットワーク研究会を中心に皆で知恵を出しながら取り組んでいます。航空機の共有や機体の格納にもご協力いただいています。

 

 北海道は広大で、多雪や寒冷など地域ごとに気象条件が違います。また交通事故が全国1位と多かったため、ドイツのアウトバーンに倣い1983年に全国に先駆けてドクターヘリを導入しました。石狩地区定山渓を越えますと、その地域の救急指定病院へ早い段階で搬送するために、ドクターヘリが出動します。ヘリは、道北、道央、道南、道東4地区に分けて運用しています。夜間や悪天候時は自衛隊のヘリを活用することもできます。本院は、北海道の基幹災害拠点病院としての役割がありますので、地域間の医療格差を是正するためにも航空搬送はかかせません。

 

 また、2017年に当院を統括医療機関、手稲渓仁会病院が運航管理病院となり、北海道航空医療ネットワーク研究会と中日本航空株式会社が協力し、北海道の事業として道内の医療機関に入院する患者さんを対象にメディカルウイング(患者搬送医療用ジェット機)の運航を始めました。通常の旅客機では重症な患者を乗せることはできないので、メディカルウイングが稼働します。こちらは機内で患者さんの集中治療を継続しながら運ぶことができます。2017年7月から本年10月までに道外への搬送含め108件の運航がありました。

 

 2019年からは寄附による研究運航を開始し北海道の事業ではカバーできない患者さんの搬送も開始しました。神経再生医療の施設や団体と提携しながら全国から患者さんを運んでいます。将来的には、国の領域をまたぎ外国からの輸送もあるだろうと考えています。

札幌医科大学附属病院 正面玄関より東棟を望む
札幌医科大学附属病院 正面玄関より東棟を望む

 

――東京2020オリンピックの医療従事者派遣でも貢献されました。 

 

 北海道と札幌市の要請を受け、当院はオリパラ競技・サッカー予選の指定病院となりました。院内は、COVID-19患者診療の真っ最中でしたが、整形外科学講座と救急医学講座が中心となり東京2020オリンピックの医療体制構築と実施に協力しました。オリンピック本部や選手村、サッカー、マラソン、スケートボードの競技会場に、医師や看護師、理学療法士を都合30人ほど派遣しました。マラソン・競歩競技では当院の医師が競技場医療責任者に任命され、選手用医務室の熱中症担当医も当院から派遣いたしました。猛暑で、熱中症を発症する選手が想定以上に多かったのですが、大きな混乱もなく、また、COVID-19感染が拡大することもなく無事に閉会することができました。 

 

 当院にはもともとスポーツ医学センターがあり、地域のイベント開催時に医師派遣をしています。整形外科が中心となり、リハビリテーション部、呼吸器科、循環器科と共に、過去にはアジア冬季競技大会も担当し、バイアスロンのメディカルチェックや道立総合体育センター「北海きたエール」の医務室担当も担っています。今後も大規模スポーツイベント救護には、北海道の基幹災害拠点病院として貢献していきたいと思います。

――附属病院には市民ボランティアが多いようですね。

 

 附属病院は多くの市民ボランティアに助けられています。平日の9時から13時まで毎日10人ぐらいの方がいらして、患者さんが困っている時に声掛けや手を貸してくれています。「フローレンス」という市民ボランティアの方々で、1997年に発足された団体です。60代を中心に75人登録されています。案内だけでなく、トイレにお花を飾ったり、入院患者のために小児科の子供の遊び相手や本の貸し出しも行ってくださっています。20年以上活動してくださる方もいます。ありがたいですね。

 

――ところで、院長先生は大学で病院経営管理学を教えています。どのような内容ですか。

 医療従事者として知っておくべき医療安全、医療倫理、医療教育の重要性を説く講座です。臨床と二律相反する概念ではないかとも言われますが、これらは臨床を制限するものではありません。病院運営に不可欠な諸問題に対し、診療科ごとの縦割りではなく、横断的に学ぶことが実践的で継続性のある病院経営につながっていくと教えています。単科大学だからこそできるシステムだと思っています。普段は臨床現場にいる医療従事者たちが、各自の専門を講義するという形式です。医療安全、医療経営、医療倫理、医療教育に加え、公衆衛生学や看護学、ダイバーシティー(女性医師支援)なども入ります。私は医療安全と医療経済を教えています。

 コロナ禍で座学の授業をオンラインにしたことにより、学生は授業を「聞く」という意思を選択できるようになりました。興味をもって授業を聞く学生は、入る量も深く優秀な学生はさらに秀でてきましたね。一方でクラブ活動やサークルなど、人との出会いに関しては、寂しい思いをしているようです。教員に接する時も、緊張することもなくニコニコしています。学生は話をしたがっているんだなという印象を受けました。オンラインならではの良さもわかったので、今後もオンライン授業は続けていきたいと思います。

 

◆土橋 和文(つちはし・かずふみ)氏

1981年 札幌医科大学医学部医学科 卒業、1984年 国立循環器病センター内科心臓部門レジデント、1989年 ロンドン大学セント・トーマス病院レーン研究所心臓血管部門研究員、2008年 札幌医科大学医学部内科学第二講座 准教授、2012年 札幌医科大学医学部 病院経営・管理学教授、2015年 札幌医科大学附属病院 副院長、2018年 札幌医科大学附属病院 病院長就任。日本内科学会認定専門医・指導医、北海道地方会評議員、日本循環器学会認定医・評議員、日本心臓病学会会員・FJCC・評議員、日本心電図学会、日本超音波医学会、日本不整脈学会会員・評議員、日本高血圧学会、日本インターベンション学会、日本心血管カテーテル治療学会専門医・評議員等 専門は内科、循環器、腎臓、代謝内分泌内科学。医学博士。

編集後記

医療の地域格差をなくす取り組みは、日本の大きな課題です。そしてコロナ感染拡大は、更にその格差を広げてしまいました。コロナ分断が叫ばれる中、土橋先生率いる札幌医科大学附属病院は、果敢に地域格差を埋める取り組みを行っていらっしゃいます。鉄道がないなら空を使い、天候が悪ければオンラインを使い、多くの患者さんの診療にあたってくださっています。そして東京オリンピックの山場であるマラソン大会では多くの医療従事者を派遣し、選手と市民を守るお姿は、世界各国でも放映され絶賛されました。患者を守る医療の総合百貨店、ここに来れば何でも揃う、何か対応してくれる、その気持ちが市民に伝わり、多くのボランティアの方々が自ら進んで附属病院のためにお手伝いをしているんだなと実感いたしました。