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胆振東部地震ブラックアウトの教訓からCOVID-19医療体制を構築‐土橋和文・札幌医科大学附属病院病院長に聞く◆Vol.1

m3com 北海道版 土橋和文先生インタビューを執筆しました  Vol.1

札幌医科大学附属病院は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染拡大状況において、当初からPCR検査を行い、感染患者を受け入れた。また附属病院の医師が自ら進んで北海道庁、札幌市と連携し、感染患者の医療機関受け入れシステムを保健所内に整えた。自宅療養中の患者の健康状態を管理するアプリも開発し、患者の容体の見える化にも成功。院長の土橋和文氏に、札幌におけるCOVID-19感染拡大時の対応状況や今後の予測を聞いた。(2021年11月5日インタビュー、計2回連載の1回目)

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札幌医科大学附属病院病院長・土橋和文氏
札幌医科大学附属病院病院長・土橋和文氏

――北海道は、全国に先駆けて独自の緊急事態宣言を発出し、早い段階からCOVID-19感染拡大に備えていた印象があります。実際の状況はどうだったのでしょうか。

 

2020年1月の成人式が終わった後に、新しい感染症の発症をニュースで知り、これは来るぞとスタッフ間で話をしていました。そして、新型インフルエンザ対策ガイドラインを皆で再度読み込んで備えました。当初の当院の予定は、水際対策の起用と発熱外来を行うことでスタートしましたが、実際は患者を全員隔離ではないにせよ、入院設備が必要であると判断しました。当院には、以前から結核病床がありましたので、肺炎患者の受け入れ体制は整っています。また病院も立替工事中でしたので、使用していない病棟もありました。そこで患者を受け入れようと決まりました。

 

 患者受け入れに際し一番の問題は、感染患者に対する医療従事者の采配でした。通常は1人の看護師で7人の患者相当を診ていますが、COVID-19患者はそれでは足りません。通常の病棟訪床を休んで患者を診なければならない。人の采配が一番大変でしたね。

 

COVID-19感染患者のケアは、当初、診療よりも自分たちが感染するかもしれないというメンタルのほうがつらい状況でした。恐怖との闘いです。私自身、自分は死ぬかもしれないと思いながら患者を診ていました。家族にも、もしもの話をしましたね。病院長として、とにかく医療従事者を守らなくてはならない。附属病院向け感染患者対応マニュアルと、院内で発熱が認められた際の対応、また疑似患者が出た時の発症対応マニュアルの作成を感染症対策チームに作ってくださいとお願いしました。全国的に統一されたマニュアルがない中でしたが、附属病院独自の特徴や発症地域の特性も盛り込んでほしいと依頼しました。

札幌医科大学附属病院 正面玄関より西棟を望む
札幌医科大学附属病院 正面玄関より西棟を望む

――COVID -19感染拡大の早期から附属病院の派遣チームが保健所で活躍されたと聞きました。

 

 雪まつりが終わった2020年2月の中旬から感染拡大が進み、通常あるべき医療体系が崩れてしまいました。市中病院で患者を診て症状に応じて大学病院に依頼するという普段の流れがなくなり、保健所が患者の入院手配をしていました。保健所は、患者の状態に関わらず、全ての感染患者を入院させるという考えでした。さまざまな容体の感染患者が当院に搬送されてきたので、軽症者が病院の廊下を普通に歩いていた時期もありました。

 

一方でECMOが必要な重症患者も附属病院で診ている状態でした。これでは病院機能が立ち行かないとなりましたが、道や札幌市も何をどのようにしたらよいのか、わからない状況なので、2020年4月に院内の医師で災害医療に詳しい専門家を手弁当で札幌市保健所に派遣しました。

 

派遣された医師は、北海道庁や札幌市役所と連携し、保健所内に入院調整チームを組織して、札幌市内における患者の医療機関受け入れ体制を整えてくれました。感染の不安から患者の診療を断る施設の多い中、最初に5病院が患者の受け入れに協力してくれて、次第に15病院、18病院と協力施設が増えていきました。2020年4月20日には、システム開発企業のご協力もあって、患者入院調整システムの仕組みが整いました。それまで保健所は各病院に電話で空き病床を確認していましたが、システムを利用することで、リアルタイムに空き病床を確認することができるようになりました。その後は入院が必要な患者と軽症者を区別することができるようになり、軽症者は、自宅療養や療養施設、民間病院で診てくれるようになりまして、本院では、酸素が必要な方や挿管の可能性のある中等症以上の患者を診ることになりました。また白血病などの特殊疾患や乳幼児、妊産婦については、道と連携しながら北海道全域の対応をしました。

札幌市保健所、道および札幌市設置の宿泊療養施設やワクチン接種会場に派遣したスタッフは、医師275人、看護師495人の総勢770人です。

 

――入院調整システムの仕組みを素早く整えられた理由は。

 私たちは、2018年9月に北海道胆振東部地震を経験しています。地震発生後から11時間電気の供給がないブラックアウトという未曽有の事態でした。病院には、透析患者や呼吸器を常に必要とする患者がいます。この時に本学の救急医学講座の医師が北海道DMAT調整本部の本部長として指揮を執り、北海道内の災害医療体制を整えました。また、北海道、東北7県の病院から本学附属病院を拠点としてDMAT39チームが参集し、札幌二次医療圏(札幌市、江別市・石狩市・当別町・新篠津村、千歳市・北広島市・恵庭市)の医療機関に向け支援活動が展開されました。当院のDMATは、この活動を指揮する中心として活躍してくれました。その時に培った各医療機関の被害状況の確認、要支援施設からの患者の転院搬送オペレーション、避難所における医療ニーズの確認などが、このCOVID-19感染拡大における患者入院調整システムの仕組みを整えることに役に立ちました。

 

――自宅療養者向けの体調管理アプリも開発したと。

 アプリ開発も胆振東部地震の副産物です。循環器内科で「肺高血圧症」を診ていた医師が、地震の影響により自宅で人工呼吸器を使う患者の安否確認に手間取り、非常時でも患者の命が守れるしくみを作ろうと、宿泊療養患者の体調を判定するアプリを考案し、それを用いて、2020年5月にアプリの導入をスタートさせ、のちに自宅療養患者にも拡大しました。これにより要観察状態の患者は、体調の変化があるとすぐに看護師などに伝えることができるようになりました。そして待機中の医師に判断を仰ぐこともできます。これで宿泊療養患者や自宅療養患者の容体の変化を見逃さないしくみが整えられたと思います。

 

――ECMOのトレーニングも大変だったのではないですか。

 附属病院は、年間300~400例の院外心肺停止の患者さんを診ています。なので、特にECMO使用に際し、新たなトレーニングをすることなく患者を受け入れることができました。私もECMOを動かしますが、操作自体は難しいものではありません。また手前味噌ではありますが、附属病院の医療従事者たちの「患者を助ける」という意識の高さ、心の尊さ、技術の高さには改めて感心しました。皆が一丸となり、第1波から現在にいたるまで、院内スタッフだけでCOVID -19感染患者を診ています。また依頼を受け道内外の施設へ医師、看護師を派遣しています。

 

――札幌市の感染状況は、どのような経過をたどったのですか。

 第1波、2波、3波は、高齢者施設を直撃し、これが重症化につながってしまいました。高齢者施設に入居している人たちは、大学病院から予後のケアをするために施設に入居した人たちです。その方々がCOVID-19に感染して、大学病院に戻ってくる逆流状況が起こっていました。第4波では、地域によっては病床数が足りずに、感染患者の数が医療従事者のケアできる限界数を大きく上回ってしまい、かなりの重症者が生まれました。そこが死亡者数の増加につながっていきました。

 

――ここへ来て感染状況は落ち着いたように見えますが、今後の見解をお聞かせください。

 第6波といわれるものが来るとしても、新たな変異株が芽を出さなければ、さほど大きな波にはならないだろうと考えています。COVID-19は、発症から3~7日目、5~8日目のケアが必要です。ここの手当ができないと重症化を招いてしまいますが、いまは病床も余裕がありますし、私たちも患者に対し何をすればよいのかがわかっています。これからインフルエンザの時期です。ウイルス学の観点からは、もしインフルエンザが流行すれば他のウイルスが姿を消すといいます。しかしながら、2020年末の第3波程度の状況はあるかもしれません。

 

――今後起こりうる新たな感染症や不測の事態に対し、どのような備えが必要でしょうか。

 新型インフルエンザ用に準備した対策マニュアルが使えなかったように、COVID-19患者対応マニュアルは、次の感染症では使えないでしょう。WHOが発表したガイドラインも重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)を真似て作っていました。新しいパンデミックが起きた時には、過去のマニュアルは利用できないということです。日本版疾病対策センターCDCも必要だとは思いますが、発症地域によって準備しなければならないものは違います。治療法、診断法、管理法はマニュアルが作れますが、その地域には何が必要か、といったことは判断できません。

 

感染症を災害医療ととらえて、災害状況や地域の特性に応じて、自在に対応できる変換可能な施設と医療従事者を育成しておかなければならないと思います。そのために大学全体で価値観を共有し、人の教育をどのように行っていくかが私どもの課題です。

 

 

◆土橋 和文(つちはし・かずふみ)氏

1981年 札幌医科大学医学部医学科 卒業、1984年 国立循環器病センター内科心臓部門レジデント、1989年 ロンドン大学セント・トーマス病院レーン研究所心臓血管部門研究員、2008年 札幌医科大学医学部内科学第二講座 准教授、2012年 札幌医科大学医学部 病院経営・管理学教授、2015年 札幌医科大学附属病院 副院長、2018年 札幌医科大学附属病院 病院長就任。日本内科学会認定専門医・指導医、北海道地方会評議員、日本循環器学会認定医・評議員、日本心臓病学会会員・FJCC・評議員、日本心電図学会、日本超音波医学会、日本不整脈学会会員・評議員、日本高血圧学会、日本インターベンション学会、日本心血管カテーテル治療学会専門医・評議員等 専門は内科、循環器、腎臓、代謝内分泌内科学。医学博士。

 

編集後記

2020年早期からコロナ感染患者に向き合った土橋先生と札幌医科大学附属病院の医療従事者の皆さんは、まさにコロナ感染患者と共にあった二年間だったことでしょう。毎日の生活も私達以上のご不便があったこととお察します。土橋先生も感心されていた附属病院医療従事者の「患者を助ける」という意識の高さ、心の尊さ、技術の高さに心からの敬意を表します。そして札幌医科大学附属病院の取り組みを多くの方に知っていただきたいと思います。まだまだコロナが収束したとは言えない状況ですが、これまでのご対応に深く感謝申し上げます。ありがとうございました。